全力ヒロシのブログ

妻子ある50歳の男が、なぜ突然YouTubeで動画投稿を始めたのか?

このブログについて

50歳でYouTubeを始めた男、全力ヒロシ。動画投稿開始から1年が経ち、チャンネル登録者6500人を達成した今、その活動を共にしてきたカメラマンが振り返る。



全力ヒロシの人生についてわかっていること

50歳のYouTuber、全力ヒロシの人生には謎が多い。

私も色々と話を聞いたが、時系列的にあやふやなものも多く、なかなか把握しきれない。

 

はっきりしているのは、

 

19641125日長野県生まれ

②既婚者であり、少なくとも娘がいる(が、もう成人している)

③これまでの人生の大半をモーレツ営業マンとして過ごしてきた

 

ということだけである。

そんな彼が、なぜYouTubeで動画投稿を始めようと思ったのか、

それは、約10年ほど前に遡る。

 

40歳を過ぎて早稲田大学に入学

40歳を過ぎた頃、色々あって営業マンとしての人生に疲れた全力ヒロシは大学に入り直すことを決意する。

その結果、何をどうやったのか試験をパスし、早稲田大学第二文学部に社会人枠で入学することとなった。

 

最初は福祉に興味があったため、そういった授業を受け、そういった集まりに参加していたが、

何気なくとってみた小説の授業をきっかけに、表現活動について興味を持つようになったという。

さらにその延長線上で、彼は何を思ったのか、演劇サークルの門を叩くことになる。

 

私は、その演劇サークルで同期入部として彼と出会った。

 

体育会系演劇サークルに入る

 

あの日のことは忘れない。

大学生の演劇サークルの新人歓迎会に、40代のおっさんが登場したあの日を。

 

もちろん最初はOBだと思った。

 

しかし、よくよく聞くと新入部員だという。

「とんでもないことになった」、と私以外の全員が思った。

 

ただ、一番驚いたのは新人教育を担当する先輩だっただろう。

当時20歳だった彼らが、倍以上の年齢のおじさんを指導しなければならないのである。

しかも、そのサークルはまあまあの伝統的な体育会系演劇サークルで、

新人教育担当は必ず、新人たちをめちゃくちゃスパルタ式で夏の間中鍛えなければならないと決まっていた。

頭をかかえたことは想像に難くない。

 

今でも、全力ヒロシのそういった場所に飛び込む行動力は素直に尊敬できると思う。

 

毎年新人訓練の間に新人の数は半分になる。

その年も大学生たちが次々と脱落していった。

しかし、全力ヒロシは残った。驚愕である。

 

演劇の稽古といってもほとんど基礎体力訓練が主になっており、

筋トレからダンス練習に至るまで、すべて大学生がキツいと感じるものだったが、

全力ヒロシは脱水症状になりながら何とかついてきた。

 

先輩からも「ジジイ、しっかりやれ!」と怒鳴り声が飛んでいたが、

最後の方には慣れてしまい、何も感じなくなった。

 

が、もちろんスムーズに訓練をやり抜いたということは全くなく、ヒロシは計3回脱走した。

 

一応同期の新人たちで探すのだが、

大人の脱走なので、大学生のバックれとはレベルが違う。

一度などは新宿のゴールデン街に逃げ込み、酒を飲んでいた。

 

もうそうなると大学1年生にはお手上げである。

(ヒロシが夏の間中通い続けた早稲田大学学生会館)

 

初舞台で高校生役に…

そうしてなんとか出来上がった新人公演は、高校サッカー部を舞台にした青春コメディで、

ヒロシはライバル校のエースゴールキーパーの役をやっていた。一方私はサッカー部の監督役で、

 

どう考えても逆だろ

 

と思っていたが、ヒロシの一挙手一投足は観客に大ウケだった。

そりゃそうである。高校生役の1人が明らかにおっさんなのである。

観客も笑うしかない。

その結果かどうか分からないが、この時期からヒロシの人生はエンタメ方面に大きく舵を切ることになるのだった。

 

次回:全力ヒロシの誕生

全力ヒロシにコンタクトを取りたい方は…

この内容で送信します。よろしいですか?