全力ヒロシのブログ

50歳でYouTuberになるという決断、そして全力ヒロシの誕生

このブログについて

50歳でYouTubeを始めた男、全力ヒロシ。動画投稿開始から1年が経ち、チャンネル登録者6500人を達成した今、その活動を共にしてきたカメラマンが振り返る。



吹雪ヒロシの死

全力ヒロシが40歳で入った早稲田大学を卒業してから、50歳でYouTuberになるまで、何をしていたのか、よくは分かっていない。

小劇場の舞台にちょろっと顔を出したり、

知り合いを集めてギターを弾いてライブをやったりしていたらしいが、

趣味の域を出るものではなかったと思われる。

(今もその域を出ているのかどうかは不明だが…)

 

 

その頃は「吹雪ヒロシ」という名前で活動していた。

しかし、

 

 

妻にバレたため、改名を余儀なくされた

 

 

という。

 

 

動画の中でも度々言っているが、

ヒロシは、こういった活動を妻および家族に隠しながら行っている。

しかし、ある日、「吹雪ヒロシ」の名前でライブのステージに出て行ったら、

客席に、家にいるはずの妻が座っていたらしい。

 

 

ステージ上で妻の存在に気づいたヒロシは狼狽え、

パフォーマンスはグズグズになり、そのライブを最後に、吹雪ヒロシとしての活動は幕を閉じた。

 

 年の瀬の寒い日だった。

 

 今でもヒロシはその日のことを悪夢のように語ることがある。

 

(まさにこんな感じで吹雪ヒロシは死んだ)

全力ヒロシの誕生

吹雪ヒロシとしての活動がストップし、

しばらくヒロシの表現活動は息を潜めることになるが、

やがて再びギターの練習を始め、活動再開の機会をうかがっていた。

 

その頃、久々にヒロシと私は近況報告も兼ねて飲みに行くことになり、

その席上で、私は吹雪ヒロシが終わってしまった一部始終を聞いたのだが、

 

その頃、IT系の会社に転職したばかりの私が、

軽はずみで「では、YouTubeをやったらどうか」と言ってみたところ、

意外にもヒロシが乗り気だったので、にわかに「ヒロシ、YouTuber計画」が持ち上がった。

 

その頃、「YouTubr」という職業(?)はGoogleの宣伝広告によって、

やっと一般にも浸透してきたような頃で、実態も何もよくわかっていなかったが、

少なくとも中高年でそれをやっている人はあまりいないはずである。

そこに、参入して頑張れば何か面白いことができるのではないかと思った。

 

しかし、名前は改める必要がある。

そこで、ヒロシが「やるからには全力でやりたい」と言ったので、「全力ヒロシ」になった。

 

かなり安易だが、けっこういいネーミングだった気がする。

とにかくその日に、ヒロシがYouTubeを始めることは決定したのだった。

 

2015年の5月の話である。 

全力ヒロシにコンタクトを取りたい方は…

この内容で送信します。よろしいですか?